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山形地方裁判所 昭和54年(ワ)201号 判決

原告

佐藤きくゑ

ほか二名

被告

日本警備保障東北株式会社

主文

一  被告は、原告佐藤良一に対し、金九七万八六二八円及び内金八七万八六二八円に対する昭和五二年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告石川良子に対し、金七二万八六二八円及び内金六二万八六二八円に対する昭和五二年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告佐藤良一及び同石川良子のその余の請求並びに原告佐藤きくゑの請求の全部をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告佐藤良一及び同石川良子と被告との間で生じたものはこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を同原告らの負担とし、原告佐藤きくゑと被告との間に生じたものは全部同原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に報行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐藤きくゑに対し、金一〇〇五万四六〇四円及び内金九一五万四六〇四円に対する昭和五二年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告佐藤良一に対し、金一〇五四万四〇四四円及び内金九六四万四〇四四円に対する昭和五二年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告石川良子に対し、金一〇〇四万四〇四四円及び内金九一四万四〇四四円に対する昭和五二年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 昭和五二年一二月一日午後一一時四〇分ころ、訴外奥山明治(以下「訴外奥山」という。)は、普通乗用自動車(山形五五も四三七四号、以下「本件車両」という。)を運転して山形県寒河江市大字島二五〇番地先路上を進行中、おりから右路上にいた訴外佐藤学治(以下「訴外学治」という。)を轢過した(以下「本件事故」という。)。

(二) 訴外学治は、右事故により右第四ないし第一一肋骨骨折、骨盤骨折等の傷害を負い、翌一二月二日午前七時二五分ころ、右傷害による身体の高度の損傷に基づくシヨツクにより死亡した。

2  責任原因

被告は、本件事故当時本件車両を所有し、同車を自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 訴外学治の損害 合計金二七九三万六八七二円

(1) 医療関係費用(訴外学治の傷害による死亡までのもの) 金一万〇五六〇円

(2) 逸失利益 金二七九二万六三一二円

訴外学治は、本件事故当時満五二歳の健康な男子であるが、本件事故発生日から現在まで五年以上経過しており、その主たる原因は被告が本件事故の原因関係を争つてきたからであるから、訴外学治の逸失利益の算定の基礎となる収入額は昭和五二年当時の同人の年収によることなく、昭和五五年度賃金センサス第一表男子平均賃金に準拠するのが妥当であるから、右の平均月収額二三万五三〇〇円に一二を乗じ、これに平均年間償与額その他の特別給与額八〇万九八〇〇円を加えた金三六三万三四〇〇円が平均年収額となるところ、これを基礎として、これから三割の生活費を控除し、ホフマン式で計算(本件事故に遭遇しなければ満六七歳まであと一五年間就労可能であるから、係数は一〇・九八となる。)すると、逸失利益は金二七九二万六三一二円となる。

(二) 原告らの固有の損害

(1) 原告佐藤きくゑ(訴外学治の妻、以下「原告きくゑ」という。)の損害 合計金五九〇万円

〈1〉 慰藉料 金五〇〇万円

〈2〉 弁護士費用 金 九〇万円

(2) 原告佐藤良一(訴外学治の長男、以下「原告良一」という。)の損害 合計金六四〇万円

〈1〉 慰藉料 金五〇〇万円

〈2〉 葬儀費用 金五〇万円

〈3〉 弁護士費用 金九〇万円

(3) 原告石川良子(訴外学治の長女、以下「原告良子」という。)の損害 合計金五九〇万円

〈1〉 慰藉料 金五〇〇万円

〈2〉 弁護士費用 金九〇万円

4  訴外学治の相続人は、妻及び子である原告ら三名のみである。

5  損害の填補

原告らは、自動車損害賠償保障法の政府の保障事業(同法七二条)の保険金として金一四八三万五四六〇円の支払を受け、原告らは各金四九四万五一五四円宛それぞれの損害に充当した。

6  よつて、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告きくゑは前記3の(一)の三分の一及び同3(二)の(1)の合計から同5を差引いた金一〇二六万七一三六円の内金一〇〇五万四六〇四円及びその内金九一五万四六〇四円に対する本件事故発生日である昭和五二年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告良一は前記3の(一)の三分の一及び同3の(二)の(2)の合計から同5を差引いた金一〇七六万七一三六円の内金一〇五四万四〇四四円及びその内金九六四万四〇四四円に対する本件事故発生日である昭和五二年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告良子は前記3の(一)の三分の一及び同3の(二)の(3)の合計から同5を差引いた金一〇二六万七一三六円の内金一〇〇四万四〇四四円及びその内金九一四万四〇四四円に対する本件事故発生日である昭和五二年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は否認する、同1の(二)の事実は知らない。

2  同2のうち、被告が本件車両の所有者であることは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は知らない。

5  同5の事実は認否しない。

6  同6は争う。

三  被告の主張及び後記原告らの反論に対する認否

1  本件事故当日の訴外奥山の行動等

訴外奥山は本件事故当時被告である日本警備保障東北株式会社(資本金一億一五〇〇万円、警備及び建物の安全管理の請負並びにその保障、警備に関する指導調査等を営業目的とする。)の寒河江営業所の警務士であつたが、本件事故当日は、寒河江市街地及び中山町長崎地区を担当していたものであり、その勤務時間は午後六時から翌日(一二月二日)午前九時までであつたところ、当時竹屋秀利警務士を指導のため自己の運転する本件車両の助手席に同乗させていた。

しかし、乙第四号証から明らかなとおり、訴外奥山は本件事故当日は訴外学治が転倒していた道路を通過しておらず、また、右道路を通行する必要も全くなかつたものである。すなわち、右道路先には契約先として寒河江農業改良普及所が存するが、右は訴外奥山の管轄範囲ではなく、右場所は担当者である門脇警務士が当夜既に巡回しており、訴外奥山が右道路を通過しなければならない理由は全くなかつたのである。

2  損害額

(一) 逸失利益

(1) 賃金センサスの使用

逸失利益は、事故がなかつたとすれば被害者が取得できたはずの現実的な利益所得そのものであり、不法行為時に被害者が実際に就労し、収入を得ていた場合は右の現実の収入の喪失が逸失利益である。

本件においては、訴外学治は、本件事故当時東洋曹達工業株式会社に勤務し、そのかたわら農業に従事していたものであつて、死亡時の現実収入を確定することが可能であるから、逸失利益の算出は右実際の収入によるべきである。

(2) 算定基準時

原告らは、逸失利益の算出について、昭和五五年度賃金センサス第一表男子平均賃金に準拠すべき旨主張するが、仮に賃金センサスによるとしても、一般に不法行為による損害賠償請求権は、その不法行為時に発生するものであり、事故発生時である昭和五二年の統計数値によつて算定するのが原則である。

もつとも原告らは、被告が事故原因を争つたことを右原則によらない特段の事情として主張する如くであるが、本件においては、訴外奥山が本件事故は身に覚えがない旨の遺書をのこして自殺していること、事故態様から訴外奥山が事故に気付かなかつたことも十分ありうることなどの点からみて、本件における原因関係についての被告の対応は相応の理由があるものであるから、右の原則によるべきことは当然である。

(3) 生活費控除割合

一般に有職既婚男子の場合の生活費控除割合は収入の三割ないし四割とされているが、本件においては、訴外学治の年収が全国賃金センサスによる全国平均給与をかなり下回つていることを勘案すれば、控除割合は四割が相当である。

(4) 現在価額の算出方法(中間利息控除の方法)

原告らは、逸失利益の現在価額算出方法についてホフマン式によつているが、現在資本の利殖方法は半年又は一年を一期とする複利によることが通常であり、このことからすれば複利ライプニツツ方式の方が合理的である。

(二) 慰藉料

原告らは、本件事故による慰藉料として合計金一五〇〇万円を請求しているが、本件事故は昭和五二年に発生したのであるから、右不法行為時を基準として、訴外学治が一家の支柱であつたこと及びその後の事情(訴外奥山の自殺も含む。)などを考慮しても総額金七〇〇万円前後が相当である。

(三) 損益相殺

(1) 原告きくゑは、訴外学治が死亡したため昭和五八年七月一日現在で厚生年金保険遺族年金を総計金三〇八万八四四一円受領している。

(2) 右給付金は受給権者に対する損害填補の性格を有し、損害賠償債権より控除されるべきであるから、右給付金額は本件原告きくゑの損害額から控除されるべきである。

(四) 過失相殺

(1) 訴外学治は、深夜酩酊のうえ本件事故現場付近の路上に仰向けに横臥していたところ、本件事故に遭遇したものである。

(2) 本件事故現場は、幅員七・三メートルのアスフアルト舗装の市道上であり、事故地点東北一七メートルには横断歩道橋が設置されており、また夜間照明の施設は設置されていない。

(3) 右の事情からすれば、訴外奥山が自己の運転する本件車両で訴外学治を轢過したとしても、本件事故の発生については訴外学治の深夜酩酊のすえ前記道路に立入り、車道中央に横臥していたとの重大な過失が存し、仮に訴外奥山に前方不注視の過失があつたとしても近くに横断歩道橋が設置されている直線舗装道路である本件事故現場の状況からすれば、通常右のように路上中央に人が寝ていることは到底予期できるものではなく、訴外学治の過失の割合は七割を下回るものではない。

3  原告らの後記四の2の反論はすべて争う。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の右三の1の主張は争う、同三の2の主張のうち、(三)の(1)は認めるが、その余はすべて争う。

2  損害額

(一) 逸失利益

(1) 賃金センサスの使用

訴外学治は給与所得者かつ農業従事者であり、現在明確に立証できる死亡当時の収入が賃金センサスの平均賃金に比較して相当程度少額であつたが、これは主として訴外学治の勤務していた会社の給与水準が低いこと、農業収入については立証不可能部分があること、また訴外学治の勤労意欲にも由来するところがあること等の原因によると考えられるが、このような場合、平均賃金との格差は転職により給与水準の高い職場に就職するか、又は農業に専従するなりして十分その差を縮少することが可能であつたのであるから、逸失利益の算定に当つては賃金センサスの平均賃金によるべきであることは当然である。

(2) 算定基準時

逸失利益の算定も損害の金銭的評価の問題であるから、具体的事情に応じて金額評価の枠内で自由裁量によつて決せられるべきであり、その意味で基準時なる概念は必要ないものである。

本件については、労働者の平均収入は年毎に急増していることから考え、なるべく遅い時期、すなわち口頭弁論終結時又はそれに近い時を基準とすることが適正であり、事故時に固定すれば訴訟が遅延する分だけ加害者(被告)には有利に、被害者(原告ら)には不利になつて不公平である。

(3) 生活費控除割合

訴外学治が死亡当時満五二歳であり、一家の支柱であつたことから、その生活費控除割合を三割とすることは極めて妥当である。

(4) 中間利息控除の方法

ホフマン式計算法が不合理でないことは判例により確定しているうえ、本件は稼働期間が短いのであるからホフマン式が合理的である。

(二) 慰藉料

本件事故が昭和五二年に発生したからといつて慰藉料の算定が低く押さえられるべき理由のないことは右(一)の(2)に述べたところと同様である。

本件訴訟が交通事故訴訟としては異例に長期化していること、及びその原因が被告において訴外奥山の自白調書を含む同人の刑事記録により原因関係が明らかになつても更に不当に抗争した結果であることを考慮すれば、原告らの請求金額は妥当なものである。

(三) 損益相殺

厚生年金保険法による給付金については、政府が現実に保険金を給付して損害を填補した限度において受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が国に移転し、受給権者がこれを失うことになるが、本件においては、政府は保険金給付後も被告に対し損害賠償請求権を代位行使せず、本件事故時から三年を経過している以上政府の給付金についての代位請求権は時効消滅している。換言すれば、損害賠償請求権は代位の対象を失い国に移転しないことになつたのであるから、原告らの損害賠償請求権の行使に障害はない(こう解さなければ不誠実な加害者が訴訟を引延ばすだけ保険金給付の限度で支払を免れ、国からの代位請求もないことになり不公平である。なお、労災保険の実務では、事故後三年目までの年金給付額については、保険給付が先行した場合には給付した価額の限度で損害賠償請求権の上に代位し、損害賠償が先行した場合には同様三年目までの年金の支給を停止するが、三年目以降の分については代位、支給停止のいずれも行わない取扱いになつている。)。

よつて、原告きくゑの受給した厚生年金(遺族年金)給付金は損害額から控除されるべきではない。

(四) 過失相殺

(1) 被告が主張の根拠とする菅野宗和作成の鑑定報告書(甲第三九号証)及び鑑定人江守一郎の鑑定の結果は、いずれも法医学の専門家でない者が、実際に死体を見ず、また自動車の速度も不明のまま推定した事故の態様であり、想像の域を出るものではなく、訴外学治の過失の立証とはなりえないものである。逆に、法医学の専門家で死体を解剖した鈴木庸夫作成の鑑定書(甲第二一号証)によれば、訴外学治の右関節部後面の皮下出血はバンバー等の衝突により生じたものと思われるのであるから、訴外学治は佇立していたところを衝突されたと推認できる。

(2) 更に、仮に訴外学治が路上に倒れていたところを轢過されたものとしても、それが道路中央であつたかどうかの証拠は存在せず、逆に訴外奥山が本件車両を前照燈を消して走行していたための事故であることを考えると、訴外学治の過失は認めることができない。

(3) よつて、本件損害額の算定に当り過失相殺をすべきではない。

第三証拠

証拠関係は本件訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本件事故の発生

1  成立に争いのない甲第一ないし第二四号証(ただし甲第二一号証中後記採用しない部分を除く。)、同第三一号証、同第三六号証及び同第三八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第五三ないし第五七号証、乙第一八、第一九号証及び同第二〇号証の一、二、奥山明治作成部分については証人石川正作の証言により真正に成立したものと認められ、その余の部分の成立は当事者間に争いのない甲第四〇ないし第五二号証、証人石川正作の証言により真正に成立したものと認められる甲第三七号証及び同第三九号証、同証人の証言、鑑定人江守一郎の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件事故は、昭和五二年一二月一日午後一一時四〇分頃、山形県寒河江市大字島二五〇番地沖津賢太郎方先の幅員約七・三メートル、歩車道の区別のない平坦なアスフアルト舗装道路上で発生したもので、当時事故現場付近は照明設備がなく暗かつたこと、

(二)  訴外奥山は、昭和五二年一二月一日当時、被告会社の寒河江営業所の警務士であつたが、同日は、寒河江市街地及び同県東村山郡中山町長崎地区の警備、巡回を担当し、その業務執行のため、同日午後一一時四〇分ころ、訴外竹屋秀利警務士を助手席に同乗させ、被告所有の本件車両(普通乗用自動車、登録番号山形五五も四三七四号)を運転して前記担当地区内を警備し、更に警備対象物件である寒河江自動車学校へ向け右車両を運転して走行中、本件事故現場東方約二〇数メートルの通称島十字路交差点を南から西へ事故現場へ向い時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で左折して現場道路へ進入し、直進にかかつたのであるが、その際それまで下向きに照射していた前照燈を上向き(遠目)に切換えるべく切換えレバーを前方に押すべきところを、運転慣れしていない車両であつたためその操作を誤り右レバーのつまみを手前に回したため前照燈が消え、前方路上の見とおしが極めて困難な状態となつたにも拘らず、一時停止もせず、そのまま時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で進行しつつレバーを操作して前照燈を点燈したが、右レバー操作に気をとられ、また点燈直後の前方注視が困難であつたため、折から訴外学治が自車前方約九メートルの道路中央付近に頭部を南ないし西にして仰臥していたのを発見し得ず、同人の下腹部及び腰部等を本件車両の右前輪及び右後輪で右から左へ轢過しながら右轢過の事実を明確に認識せず、そのまま現場から走り去つたこと、

(三)  訴外学治は、本件事故により右第四ないし第一一肋骨骨折、骨盤骨折等の傷害を負い、翌同年一二月二日午前七時二五分ころ、山形県西村山郡河北町谷地甲五七番地所在の浅黄医院において、右傷害による身体の高度の損害に基づくシヨツクにより死亡したが、事故後約八時間を経過した死亡直後ころの時点において、血液一ミリリツトルにつき一・五八ミリグラムのアルコールを含有しており(甲第一六号証)、また事故後約一六、七時間を経過した時点において、血液一ミリリツトルにつき、一・〇五ミリグラム、尿一ミリリツトルにつき一・〇八ミリグラムのアルコールを含有しており(甲第二一号証)、少なくとも死亡直前において軽度酩酊の状態にあつたと認められること(同号証)、

以上の事実が認められる。

2  ところで、被告は、訴外奥山は本件事故当時本件事故現場を通過しておらず、従つて本件車両が訴外学治を轢過したことはない旨主張し、右主張に沿う乙第四号証及び証人竹屋秀利の証言も存するが、前掲甲第二二号証、同第三九号証及び鑑定人江守一郎の鑑定の結果によれば、訴外学治が着用していたズボンには本件車両の右前輪に装着されていたタイヤと同種のタイヤのマークが刻印され、本件車両の右前後輪に装着されていた各タイヤには訴外学治が着用していたズボンと同種の布目痕が付着していたことが認められ、右事実は科学的に高度に証明されたものというべきであるから、これに反する右乙第四号証及び証人竹屋秀利の証言は到底信用できず、また、原告が援用する前掲甲第二一号証中の訴外学治は佇立していたところを衝突されたことを推認させる趣旨の記載部分も前掲各証拠、就中甲第三九号証及び鑑定人江守一郎の鑑定の結果に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因

前記一の1に認定の事実によれば、被告は、本件事故について自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任がある。

三  過失相殺

前記一の1に認定の事実によれば、訴外奥山は、本件車両の前照燈が消え前方注視が困難な状態となつたのであるから、直ちに一時停止して前照燈を点燈後発進するなど事故の発生を未然に防止する注意義務があるのにこれを怠つた過失により本件事故を惹起したものであるが、他方、訴外学治は、本件事故当時深夜飲酒酩酊のうえ道路中央付近に仰臥していて本件事故に遭遇するに至つたものであり、訴外学治においてこのように路上に仰臥するに至つた原因は必ずしも審らかではないが、この点は同人の過失とみるほかない。

しかして、右双方の過失の態様、程度のほか、前記一1に認定した本件事故当時の事故現場の状況、事故に至つた経過等諸般の事情を考慮すると、双方の過失割合は各五割とみるのが相当であり、従つて後記四1の(一)、(二)及び同2の(一)の損害賠償額の算定にあたつてはその五割を過失相殺として減ずるのが相当である。

四  損害

1  訴外学治の損害 合計金九二二万一三四七円

(一)  医療関係費用 金五二八〇円

原本の存在及び成立に争いのない甲第六一号証によれば、本件事故による訴外学治の診療費として金一万〇五六〇円(ただし、患者負担額であり、診断書二通及び明細書一通の各料金を含む。)を要したことが認められる。

右金額に前記過失相殺による五割の減額をすると金五二八〇円となる。

(二)  逸失利益 金九二一万六〇六七円

成立に争いのない甲第六二号証、原告佐藤良一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外学治は大正一四年一〇月一日生の死亡当時満五二歳の健康な男性であり、本件事故に遭遇しなければその後一五年間は就労可能であつたと認めることができる。

そして、成立に争いのない甲第五九号証、原告佐藤良一本人尋問の結果により真正に作成されたものと認められる甲第六〇号証及び弁論の全趣旨によれば、訴外学治の昭和五二年分の給与所得金額(同年一二月二日退職、なお甲第五九号証中の退職年月日の記載が一一月とあるのは一二月の誤記と認められる。)は金二〇四万五二九一円であること、訴外学治の給与月額は、同年一一月分は金一五万六四〇〇円、同年一〇月分は金一六万七七六〇円、同年九月分は金一六万四四〇〇円でその平均給与月額は金一六万二八五三円(一円未満切捨)となることが認められる。また、成立に争いがない甲第五八号証、原告佐藤良一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外学治は昭和五二年において、農業により少なくとも年間一九万円の収入を得ていたと認めるのが相当である。

そうだとすると、訴外学治の死亡当時の年収は、右を合計した金二三九万八一四四円と認めるのが相当である。

しかして、逸失利益の算定は、特段の事情がない限り、定職者については事故時における現実収入額をもつて基準とすべきところ、原告ら主張の事実はいずれも右特段の事情に該当するものではないから、訴外学治の逸失利益の算定は右年収額を基準とすることとし、生活費として三割を控除し、中間利息を控除(ホフマン式計算法により係数を一〇・九八とする。)して死亡時における訴外学治の逸失利益の現価額を算出するのが相当であるところ、これを計算すると金一八四三万二一三四円(一円未満切捨)となる。

右金額に前記過失相殺による五割の減額をすると金九二一万六〇六七円となる。

2  原告らの固有の損害

(一)  葬儀費用 金二五万円

原告佐藤良一本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六四号証、同本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告良一は訴外学治の葬式の喪主となつたうえ、葬儀関係全般について取り仕切り、葬儀関係諸費用として合計金七一万九九九〇円を支出したことが認められるところ、被告において本件事故の損害として原告良一に対し賠償すべき葬儀費用の金額は金五〇万円をもつて相当とする。

右金額に前記過失相殺による五割の減額をすると金二五万円となる。

(二)  慰藉料 各金二五〇万円

成立に争いのない甲第六七号証、原告佐藤良一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らが本件事故により突然夫あるいは父親である訴外学治を失い多大な精神的苦痛を受けたであろうことは推察するに難くなく、また、叙上認定の本件事故の態様、結果及び過失の内容並びに本件弁論にあらわれた一切の事情、就中本件事故後の経過、本件訴訟に至つた経緯及び本件訴訟の審理経過等諸般の事情を考慮すると、原告らの固有の慰藉料としてはそれぞれ金二五〇万円と認めるのが相当である。

五  相続関係

前掲甲第六二号証、原告佐藤良一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外学治の相続人は妻である原告きくゑ並びに子である原告良一及び同良子の三名であること、原告らは各自法定相続分の割合(各三分の一)により相続することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて、原告らはそれぞれ訴外学治が有した前記四の1の合計金九二二万一三四七円の損害賠償請求権の三分の一にあたる金三〇七万三七八二円(一円未満切捨)の損害賠償請求権を取得した。

六  損害の填補

1  原告らが自動車損害賠償保障法の政府の保障事業(同法七二条)の保険金として金一四八三万五四六〇円の支払を受け、原告らが各金四九四万五一五四円宛それぞれの損害に充当したことについては原告らにおいて自認するところである。

2  原告きくゑが、訴外学治が死亡したため昭和五八年七月一日現在で厚生年金保険遺族年金を総計金三〇八万八四四一円受領していることは当事者間に争いがなく、また、前記一の1に認定したとおり、訴外学治は本件事故により死亡したものである。

ところで、厚生年金保険法(昭和二九年法律第一一五号)四〇条は、事故が第三者の行為によつて生じた場合において、受給権者に対し、政府が先に保険給付したときは、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権はその価額の限度で当然国に移転し、これに反して第三者が先に損害の賠償をしたときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができるものと定め、受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の保険給付の義務とが相互補完の関係にあり、同一事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしている(最高裁判所昭和五二年五月二七日第三小法廷判決・民集第三一巻第三号四二七頁参照。)

しかして、右規定の趣旨に鑑みれば、右給付(受領)ずみの遺族年金総計金三〇八万八四四一円は、原告きくゑの損害額から控除すべきものであることは明らかである。

3  してみれば、原告きくゑについては、損害賠償を請求しうる前記四2の(二)及び五の合計金五五七万三七八二円はすでに右1、2により填補されていることとなり、原告良一については前記四2の(一)、(二)及び五の合計金五八二万三七八二円から右1の金四九四万五一五四円を控除した金八七万八六二八円について損害賠償を請求しうることとなり、原告良子については前記四2の(二)及び五の合計金五五七万三七八二円から右1の金四九四万五一五四円を控除した金六二万八六二八円について損害賠償を請求しうることとなる。

七  弁護士費用

前掲甲第六七号証、原告佐藤良一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告良一及び同良子らは被告が任意の弁済に応じないので原告ら訴訟代理人弁護士高山克英に本訴の提起及び遂行を委任し、相応の報酬を支払う旨約していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、本件事案の内容及び難易、請求額、審理の経過、認容額その他諸般の事情を斟酌すると、原告良一及び同良子が被告に対し本件事故と相当因果関係ある損害として賠償請求なしうべき弁護士費用はそれぞれ金一〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上によれば、被告に対し、原告良一は前記認定の残存損害額金八七万八六二八円に弁護士費用金一〇万円を加算した金九七万八六二八円及び内金八七万八六二八円に対する本件事故発生日の翌日たる昭和五二年一二月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告良子は前記認定の残存損害額金六二万八六二八円に弁護士費用金一〇万円を加算した金七二万八六二八円及び内金六二万八六二八円に対する本件事故発生日の翌日たる昭和五二年一二月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で右原告両名の本訴各請求は理由があるからいずれもこれを認容し、右原告両名のその余の請求及び原告きくゑの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣 下澤悦夫 小泉博嗣)

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